「未来のミライ」謎の少年は高校生のくんちゃん。なぜ電車に乗るなと言ったのか考察

未来のミライ

「未来のミライ」で登場する、田舎の小さい駅の待合室で出会う謎の少年。

この少年、高校生のくんちゃんとのこと

  • なぜこんなところに?
  • あれ?ミライが自分同士は一緒にいられないと言ってなかったけ?

など、いろいろ疑問があったりするので考察してみます。

謎の少年は高校生のくんちゃん。そりゃ聞き分けのない自分見たら、何か言いたくなるよね

田舎の駅の待合室に登場した謎の少年は、未来のくんちゃん

高校生になっているくんちゃんですね。

物語のなかで実際に4歳のくんちゃんがタイムスリップしているかどうかというのは、重要な点ではないでしょう。

なんでかっていうと、ツッコミどころは探そうと思えばたくさんありそうだから。

代表的なのは、中学生のミライが「自分が2人いるのはダメ」と言ってたのに、4歳のくんちゃんと高校生のくんちゃんは同時に同じ場所にいてもOKなのかっていう疑問ですね。

細田監督は、もうそういうタイムスリップとか時系列の整合性とか重要視はしてなかったんじゃないでしょうか。

シエン
シエン

タイムスリップとかは、ただの舞台装置だと思ったほうが良さそう

高校生からすれば4歳のくんちゃんにイライラしてしまうのは分かる

4歳のくんちゃんと高校生のくんちゃん。

高校生からすれば4歳の自分が余計なことで癇癪おこしてるようにしか見えないですよね。

そんなことより、このときにしか体験できない親との思い出を大事にしたほうがいいよと教えてくれます。

こういうやりとりがもし4歳のくんちゃんの妄想だとすると、4歳のくんちゃんかなり大人な部分も持っていることになってしまいますよね。

「未来のミライ」は、ストーリーから何を見出すかだけに集中して見たい

いろいろ考えても、ここは誰の視点での物語なのかとか時系列のこととか、そのあたりのことは重要じゃないと思います。

「おおかみこどもの雨と雪」では、成長した雪が語り部になっていたので、誰の視点での物語なのか分かりやすかった。

ところが「未来のミライ」は、誰視点での物語なのかが明確ではない。

となると観客としては、誰かの視点からの物語というのは気にしないで、ただそこにある物語からなにを汲み取るかということだけに集中していればOKなんだと思います。

高校生のくんちゃんが4歳の自分に電車に乗るなと言った理由

では、考察しがいのありそうなシーンである、

高校生のくんちゃんが4歳のくんちゃんに「電車に乗るな」と言った

というシーン考えてみたいと思います。

これも、

  • 高校生のくんちゃんが実際にタイムスリップしてきた4歳のくんちゃんに遭遇した?
  • 4歳のくんちゃんの妄想?

などなど、舞台設定としてどうなっているのかという考察は、ほぼ無意味ではないでしょうか。

それよりも高校生のくんちゃんが4歳のくんちゃんに、なぜ「電車に乗るな」と言ったのかについて考察するほうが大事かなって思います。

高校生のくんちゃんは、まだ大人になりたくない気持ちがあった

電車に乗って東京駅に行けば「自分は何者なのか」ということを言わなければいけない。

なので高校生のくんちゃんは「電車に乗るな」と言った。

ということだと思います。

どういうことかというと、高校生といえば、

  • 自分が何者になりたいのか
  • 自分は何者なのか

ということがハッキリしていない人がほとんどですよね。

いわゆるモラトリアムの渦中の年代です。

モラトリアムとは、大人になるまでの猶予期間のようなもの。

大人=自分がどう生きるのか自覚している

のだとすれば、

高校生のくんちゃんは、まだまだ迷いがあったのではないでしょうか。

たとえば、「おおかみこどもの雨と雪」の雨は、ラストオオカミとして山で生きていく決意をしました。

雨は10歳でしたが、もう大人としての一歩を踏み出していたわけです。

高校生のくんちゃんは、4歳のくんちゃんが東京駅に行って自分が何者なのか、まだはっきりさせないで欲しいという思いがあり、

「電車に乗るな」

と言ったのだと思います。

まだどうしていいか分からないんだ。自立への道を歩み出さないでくれ。

という願望が高校生のくんちゃんにはあった。

でも4歳のくんちゃんの成長は止められない。

最終的に妹ミライの兄なんだという、自分を自分たらしめるものとしての自覚を得るに至ったということなんでしょうね。

でも4歳のくんちゃんの成長は止められない

4歳のくんちゃんは愛情を受けるばかりで、わがまま放題だった。

でも4歳のくんちゃんは、妹ミライへ愛情を与える側になり

そのことを自覚した4歳のくんちゃんは大人への階段を一歩踏み出すことができたというわけですね。

映画のラストからその後のくんちゃんは、妹ミライへ嫉妬するのではなく、兄として共に育ち守っていくんだという意識に変わったのでしょう。

このくんちゃんの成長は、高校生のくんちゃんの「まだ子どもでいたい」という迷いがあったとしても止めることはできないということなのかな〜なんて思いました。

「磯子駅」は実在の駅がモデル。聖地化してます。

劇中で登場する高校生のくんちゃんがいた「磯子駅」、実在する駅がモデルになってます。

モデルというか、もうそのまんま。

実在の駅名は富山地方鉄道の「越中中村駅」

Google Mapのストリートビューで最大限近づいたのが以下

ストビューでは「越中中村駅」の後ろ姿が見えるのみ。

でもこのストビューだけでも、映画そのままだなってことが分かっていただけると思います。

無人駅ですごく小さいですが、ちゃんと「未来のミライ」の聖地になっており、聖地巡礼してる人いましたね

交流ノートも置いてあるみたいですよ(2018年)

今も交流ノートあるのかな。

まとめ 未来のミライは設定の考察ではなく、そのシーンからなにを汲み取るのかの考察をするほうがいい

ということで、「未来のミライ」の謎の少年についての考察でした。

「未来のミライ」は、

  • 時系列
  • タイムスリップの設定がどうなってるのか

といった考察をしても、あんまり得るものはなさそう。

設定面は気にせず、

このシーンはどういった意味かこめられているのか

というほうの考察をするほうが得るものはありますね。

それにしても、謎の少年=高校生のくんちゃんと4歳のくんちゃんの駅での会話1つ取ってみても、

「未来のミライ」って、すごく難解な映画なんだな〜と思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました