「バケモノの子」が伝えたいこと・メッセージは大切にしているものがあることの良さ

バケモノの子

「バケモノの子」という物語が観客になにを伝えたいのか。

そのメッセージを考察してみます。

  • 親子愛
  • 子の成長
  • 強さとはなんなのか

とか、いろいろな伝えたいことがこめられてるアニメ映画だと思うんですが、僕が一番ここだろうな~って思ったのが以下のこと。

伝えたいことは、大切なものを持つ強さ、大事なものを得る良さ

やっぱり一番ぐっときたのが、九太と熊徹の絆ができていく過程なんですよね。

この九太と熊徹の絆が「バケモノの子」で、もっとも伝えたいことなんじゃないかなって思うわけです。

それも親が子を慈しみ応援し見守るという慈愛の精神が全面に出ているのではないとこが面白いとこ。

たとえば「おおかみこどもの雨と雪」の花みたいに、強く優しい親ではないんですよね熊徹は。

花がどんな親なのかは、こちらの記事で書いてます。

花の場合の”強い”は精神的なことですね。武術ではなくて。

熊徹は武術は強いけど、そのほかのことではとても花には及ばない。

でも、粗暴な性格だけど九太をバケモノ界に連れてきたときから、熊徹は九太の面倒を見ようという優しい気持ちは持っている。

映画では分からなかったんですが、九太の世話をするために熊徹は仕事を増やしてもいたみたいです(小説で描かれてるのかな?)

熊徹と九太の関係は、親子・師弟・ライバル

熊徹と九太は親子のようでありながら、

  • ライバル
  • 師弟関係
  • けんか友達

のような関係でもありますよね。

そして、おそらく熊徹は幼いころから孤独を経験してきたのではないでしょうか。

熊徹は人間界の道端で1人でいる子どもの九太を見て、昔の自分を重ねていたのかも

親子でもあり師匠と弟子の関係でもあり、本音を言い合える喧嘩友達でもある九太と熊徹。

途中からは九太が師匠で熊徹が弟子みたいになってることもありました。

まさにお互いを高め合うライバル同士のよう

熊徹の言う「胸の中の剣」が”大切なもの”のこと

映画冒頭、九太に修行をつける熊徹が「あるだろ。胸ん中の剣が!」と言います。

この”胸の中の剣”

これって「自分が大切にしているもの」のことだと思うんですよね。

大切にしていること、つまり、

  • 愛した人との思い出
  • 友情
  • 自分の信じること

などなど、なにかしらみんな”大切にしていること”がある。

熊徹が言う「あるだろ。胸ん中の剣が!」っていうのは、大切にしたいことを想うことで、より力強い剣をふるうことができるってことなんじゃないだろうか。

みんなも自分が大切にしたいものを胸に宿すことで、強く生きていくことができるんだよ

ということを「バケモノの子」という物語を通して伝えようとしているのかなって思います。

ラストの一郎彦と九太との戦いなんか、まさに、

胸の中の剣=九太と熊徹の絆

という描写になってますよね。

「胸の中の剣」の意味については、こっちの記事でくわしく書いています。

心の闇=喪失感

人間が心の闇にとらわれる表現も、胸のあたりに暗い空間が広がるというふうになってます。

人間喪失感があると、「まるで胸の中にポッカリと穴が開いたよう」といいますが、

この喪失感を「バケモノの子」では胸に開いた暗い空間として描いているんじゃないでしょうか

一郎彦は、

  • 自分がバケモノではなく人間だったこと
  • 自分は父猪王山のようになれないこと
  • 尊敬していた猪王山が負けてしまったこと

これらのことが喪失感を生み、心の闇にとらわれてしまったってことですよね。

まとめ:自分が大切に思っているものを思い出そう

ということで、「バケモノの子」が伝えたいことはなんなのかについての考察でした。

いろいろこういうメッセージじゃないかってことを書いてきましたが、細田守監督は「映画はメッセージのための道具ではない」といったことを、インタビューなどで、けっこうおっしゃってるみたいなんです。

なので監督の考える正解はこの考察っていうのはないわけですが、今回の記事で僕なりに考察して自分の生きていく糧にできた部分はあったかな。

みなさんも「バケモノの子」をもう一回見る機会があれば、

自分が大切にしてるものってなにかな

と考えつつ見ると、前回見たときよりも見応えを感じると思います!

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