【バケモノの子】一郎彦はなぜ鯨を出した。その意味とは。心の闇がポイント【考察】

バケモノの子

「バケモノの子」のラスト、一郎彦が心の闇に囚われてしまい人間界を巻き込んで暴走してしまいます。

このとき一郎彦、エネルギー体みたいなので作られたクジラを出現させるんですが、

  • なぜクジラなのか?
  • またクジラ?

など、いろいろ思いますよね。

あの名作「白鯨」も出てきたりして意味深です。

ってことで考察していきます!

一郎彦が鯨を出現させたのは映画的には2つの意味がある

  • 落ちていた本「白鯨」の「鯨」という字を見て、鯨ならでかいし強そうだなと考えた
  • 「白鯨」は復讐にとらわれる”心の闇”を抱えた人物が主人公

なぜ「バケモノの子」のラストでクジラが登場するのかは、この2つの意味があるんじゃないかな

  • 登場人物(一郎彦)の動機
  • 製作者・観客など作品に関わる人から見た視点

という2重の意味ですね。

では、どういうことなのか、さらに深く考察していきます。

一郎彦は、落ちていた本「白鯨」の「鯨」という字を見て、鯨ならでかいし強そうだなと考えた

これはそのまんま。

つまり一郎彦は偶然道に落ちてた本を拾って「鯨」という字を見て、

「ふふ、クジラか…でかいし強そうだし九太をやっつけるにはいいな」

とほくそ笑んで、クジラを出現させた。

一郎彦自身が「九太の弱点をつくならクジラがいいだろう」とか、そういうハッキリとした理由があったわけではなく、

落ちてた本の「鯨」という字を見たから

というだけの、ただの偶然だと思います。

ところで一郎彦って日本語が読めるの?

赤ん坊のころからずっとバケモノ界で育ってきた一郎彦が、なんで「鯨」という漢字読めるんだろう

と疑問に思った人は多そう。

一郎彦が漢字を読めた理由は、子どものころから教育を受けていたからなんだと思います。

あとバケモノ界にもクジラがいるか、人間界の動植物などいろいろ学んでいたのかも。

猪王山が一郎彦に英才教育してたと思う

一郎彦の育ての親は猪王山(いおうぜん)

猪王山は次期宗師の有力候補。

品行方正で強くもあるという一流のバケモノ。

そんな猪王山ですから、当然子どもたちにも幼い頃から文武ともに教育を施していたでしょう

それにどうやらバケモノはたまに人間界になんらかの目的があって訪れることがある様子。

バケモノ界の位?が高いものは、異界の言葉である日本語を教養として身につけているのだと思います。

つまり、

一郎彦は日本語の教育を受けていたので「鯨」という漢字が読めた

ということなんでしょう。

バケモノ界の文字文化は中国語みたいなのが、ちょっとあるみたい

ところでバケモノ界に文字の文化はあるんでしょうか?

そういえばバケモノ界で文字って印象に残ってなかったです。

そこで「バケモノの子」の画像を見てみると、

渋天街(じゅうてんがい)

という看板があるのがわかりました。

渋天街の看板見てると、どうやら中国語っぽさがあるんですね。

バケモノ界の文字文化ってどうなってるんでしょうか。

ここから妄想レベル上がります(笑)

中国語の漢字は太古の昔バケモノ界から伝わったとか

バケモノ界では太古の昔、中国語みたいなのが盛んに使用されていた。

まだバケモノ界と人間界は交流があり、とくに今の中国大陸の人間たちと交流があった。

それでバケモノたちが使っていた今の中国語の原型が、バケモノから人間社会に伝わっていった

現代のバケモノ界は発達して文字文化が廃れて行っている(文字を使う必要がなくなる、他の伝達手段が発達した?)ため、映画ではバケモノ界で文字があまり見られない。

…ということなのかもと妄想してみました。

バケモノたちから人間に文字が伝わったと考える理由は、どうやら人間よりもバケモノのほうが高等な生物という設定みたいだから。

人間は心の闇に呑まれてしまうという欠点がありますよね。

心の闇がないバケモノよりも人間は下等な生物ということなのだと思います。

「白鯨」は復讐にとらわれる”心の闇”を抱えた人物が主人公

「白鯨」という古典の名作があります。

あらすじはこんな感じ

片足を奪った「白鯨」に対するエイハブ船長の復讐心は、モビィ・ディックを悪魔の化身とみなし、報復に執念を燃やす狂気と化していた

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/白鯨

つまり、

エイハブ船長は白鯨への復讐に囚われてしまった

という解釈を「バケモノの子」で”心の闇”として反映させているという考察があるんですね。

一郎彦は、

  • 自分がバケモノではなかったこと
  • 九太が熊徹を応援したために猪王山が負けてしまったこと

などのことがあり、九太さらには人間への復讐・憎悪に囚われ”心の闇”に呑まれてしまったわけです。

「白鯨」のあらすじにあった、

報復に執念を燃やす狂気と化していた

という部分が、一郎彦の暴走として表現されているということなんでしょう。

と、えらそうに書いてきましたが僕は「白鯨」読んだことないです。

なので「白鯨」にはもっと「バケモノの子」に反映されてるようなものがあるのかもしれません。

ただ「白鯨」の狂気に囚われるという部分は、「バケモノの子」にテーマとして取り込んでいるのは確かなんだと思います。

まとめ:鯨には「白鯨」の狂気と一郎彦の”心の闇”をつなげる意味がある

ということで「バケモノの子」ラストで、一郎彦が鯨を出現させた意味について考察してみました!

古典「白鯨」をからめていたりして文学的ですよね。

ただ個人的には、ラストで一郎彦が突然闇堕ちしてしまったように思えてしまい、物語についていけなくなってしまったとこが残念でした。

くわしくは「バケモノの子」の感想記事で書いています。

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