【おおかみこどもの雨と雪】伝えたいこと、学んだことは【考察】細田監督はないらしい

おおかみこどもの雨と雪

「おおかみこどもの雨と雪」僕は2021年5月時点では細田守監督作品のなかで、一番好きな映画ですね。

そんな「おおかみこどもの雨と雪」という映画が観客に”伝えたいこと”とはなんなのか考察していきます!

伝えたいことはこれかな?ってこと2つ考えてみました。

【伝えたいこと その1】つらいときでも自分を愛してくれている人はいるんだと知ってほしい

雨と雪は半分オオカミという秘密を抱えています。

オオカミが登場する絵本を読んでいた雨が、

  • オオカミはいつも嫌われ最後には殺されてしまう
  • 自分はオオカミは嫌

と花に訴えるんですね。

雨は今後自分が人間として生きていくのか、オオカミとして生きていくのか、どちらかを選ばないといけないことを、幼いころから考えることがあったのでしょう。

人間として生きていくとしても、他人にオオカミになったところを見られたら嫌われたり殺されたりしてしまうかも…という怖さを雨は感じていたのかもしれないですね。

でもそんな雨に花は、

「みんながオオカミを嫌っても、お母さんだけは、オオカミの味方だから」

と伝えます。

花は人間。

雨と雪は半分オオカミ。

もし雨と雪がどんなにつらい状況になっていても、花は雨と雪の味方だよと伝えてるわけです。

雪が草平を傷つけてしまったとき花は雪の言うことを受け止めて、ちゃんと励ましてあげているんですよね。

どんなときでも味方でいてくれる人がいると歩み続けることができる

子どもたちは、

母親の花が「どんなときでも、あなたたちの味方だから」

と思ってくれていることが分かっているから、雨は山へ雪は人間社会へ、それぞれの道へと進むことができたのではないでしょうか。

雨と雪それぞれ進んだ道で、たとえいろいろなことがあっても、

「母だけは味方になってくれるんだ」

ということが心の底から理解できていれば、くじけずに自分の進みたい道へと歩み続けることができるのだと思います。

自分にも花のような人がいれば勇気をもらえる

そんな「おおかみこどもの雨と雪」のストーリーを見ていると観客は、

自分にも花のように、どんなときでも味方でいてくれる人がいる

ということを思い出せて、自分の人生を生きていく勇気をもらえるんじゃないかな〜って思います。

親、妻、夫、恋人、親友

そのような人々のなかに、どんなときでも寄り添って自分の味方になってくれる人がいると、心強いですよね。

もし花のようにどんなときでも味方になってくれる人が自分にはいないかもという場合は、

花のような人がいれば、自分の人生もっと力強く生きていけるんだ

と思えるようになるかなと思います。

【伝えたいこと その2】子どもはいつのまにか成長していくもの。応援してほしい

「おおかみこどもの雨と雪」のテーマの1つは、

子どもの成長

だと思います。

雪がおおかみおとこの彼と出会い、雪が中学生になるとこまでが描かれる「おおかみこどもの雨と雪」。

ラストで花は、雨は自分が守ってあげないといけないと、まだ思っていたことが分かります。

でも雨はいつのまにか”大人”になり自分で決めた道へと進み始めていた

雨が学校に行かずに1人で山へと行っていたことから、花はうすうす雨はもう自分から離れて山へ行ってしまうんだと感じていたのでしょう。

しかし、そんな未来はまだまだ先だと思いたかった。

ところが雨は花が思っていたよりも、もっと大人になっていたということなんだと思います。

雪も自分で草平という自分の秘密を受け入れてくれる理解者を見つけています。

子どもがいる親は「悲しさ、切なさ、喜び」を感じるのだろう

「おおかみこどもの雨と雪」を観たお子さんがいる親は、

いつまでも子どもだと思っていたけれど、雨や雪のように、いつのまにかはっきりとした自分の意志を持った大人になっているものだよね

という寂しさと子が成長している喜びを同時に感じたのかなって思いますね。

花のように子にそっと寄り添い、どんなときでも応援してあげることが大切なのかな

という感想の人が多かったのではないでしょうか。

見る人の属性とか立場(子ども・親・学生などなど)によって、さまざまな受け取り方ができる映画

「おおかみこどもの雨と雪」は、

  • 子ども
  • 学生
  • 社会人
  • 親になった人

などなど、それぞれの属性によって印象がかなり変わる映画だと思います。

子ども=雪と雨の幼いころのシーンを喜んで見る
学生=雪と雨が自分の道を選んでいくとこと、自分の進路を重ねて見る
社会人=独身であれば家族っていいなとか、田舎の風景に癒される
親になってる人=雨と雪の成長に感動する

などなど、見る人によってさまざまな感想を持つのが「おおかみこどもの雨と雪」という作品ですよね。

子どものころ観たときは面白くなかった人でも、大人になってから観たら感動するかも

子どものころに「おおかみこどもの雨と雪」見たときは、

雨と雪、オオカミに変身できたりして楽しそうだな~

ぐらいにしか思ってなかったのが、大人になってからもう一度見ると、

  • 雨と雪が成長していくとこが切なくも喜びがあるな
  • 花の子への愛がものすごく深いな

など、心動かされるポイントが違ってくると思います。

もし昔「おおかみこどもの雨と雪」見たことがあって、そのときは

そこまで面白いとか感動はしなかった

という人は、もう一度「おおかみこどもの雨と雪」見てみると、

こんなに感動する映画だったなんて!

とびっくりするかもしれませんよ。

細田守監督は伝えたいことというのはないと、言ってるみたい

監督は映画を通じてなにか訴えたいといったことは考えられますか?
ないですね。映画はメッセージのための道具ではないですから。

「アニメ!アニメ!」より引用

という細田守監督のインタビューがありました。

映画を通じて訴えたいこと、つまりは観客に伝えたいことはないということですよね。

意外でした。

なぜかというと、「サマーウォーズ」では、

これって監督が観客に伝えたいことなのかな?

という名言のセリフがけっこう多かったから。

サマーウォーズの後の作品から、細田守監督の考え方が変わったのかもしれませんが。

どういう思いで細田守監督が映画を制作しているのかは知りようがないですが、少なくとも”映画はメッセージのための道具ではない”という信念のようなものは持っておられるということは分かります。

もちろんなんらかの創作意欲・アイディアがあって制作しはじめるけれど、あえて、

「この映画はこういうことを伝えたいんです。」

といったことをインタビューなどで発言することを避けているのかな。

監督が「こういうことを、この作品では伝えたい。」と発言してしまうと、観客のそれぞれの受け取り方の可能性を狭めてしまうというお考えなのかもしれません。

考え方はいろいろだと思いますが、映画というものは観客自身がそれぞれ自分なりの受け取り方をしてもらうほうがいい、

その受け取り方の多様性を可能な限り大きくしておくことで、より多くの人に楽しんでもらえるという考えあってのことなのかな~なんて思いました。

まとめ:「おおかみこどもの雨と雪」で観客が受け取るメッセージは幅広い

ということで「おおかみこどもの雨と雪」という作品が伝えたいことはなんなのかってことを考察してみました!

  • 母の愛
  • 子の成長

などなど、「おおかみこどもの雨と雪」を見た人の心のなかでは、様々な感想があったと思います。

個人的には、

つらいときとか、どんなときでも味方になってくれる人がいることで、強く生きていくことができるんだよ

というメッセージを「おおかみこどもの雨と雪」からは感じとりました。

「おおかみこどもの雨と雪」のような、見た人が多様な感想を持つ映画はいい作品ってことなのかもしれないですね。

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